序章

何年ぶりになるだろう。ブログを再開するのは。

 18歳~20代中盤くらいまで何度か、日記仕立てのブログを立ち上げては削除し、立ち上げては削除しを繰り返し、最後のブログを削除してからもう15年くらい経つらしい。その間に「削除まですることなかったな」とか「今読んだら面白かっただろうな」とか、何度か後悔したりもした。昔から何故か、写真とかそういうものを取っておかずに捨ててしまう癖があり、捨てては数年後に後悔を繰り返している。写真に至っては毎度「過去に囚われず前を向いて生きていくぞ!」なんてカッコイイこと言いながら捨てたものだ。(結果後悔しているところがカッコワルイのだが)

 話を戻して、最後のブログの削除から早15年ほど。15年という年月は言うなれば、生まれたばかりの赤ちゃんが高校生になる歳なのだから、普通に考えたら長い年月といえるだろう。それが40歳を超えれば15年前で25歳。高校生どころか、家庭を持っていてもおかしくない立派な大人の歳なのだから、嫌でも最近のことのように感じてしまう。同世代の仲間内でこんな話題になると、決まってその場の空気は青く染まる。それだけ歳をとったということだ。

 ただ、不思議なことに40歳になった今でも、25年以上前の中学生の頃の記憶や高校生の頃の記憶というのは驚くほど鮮明で、ごく最近の記憶のような感覚で残っていて、高校を卒業してからほんの数年しか経っていないような気さえしてくる。当時大好きだった「エアロスミス」も記憶の中では現役バリバリで、両腕に裸の女性を抱えて酒を飲むライブ前のスティーヴン・タイラー氏の姿が鮮明にあるのが、ふと現実に戻れば、もはや「おじいちゃん」と化したエアロスミスのメンバーが、メディアやSNS等で「Happy Birthday JOE!」などと書かれたケーキを運びながらメンバーの誕生日を祝う微笑ましい姿を見せつつ、顔に深く刻まれた歴史のシワを1本2本と増やしながら天国への階段を少しずつ上って行く姿があるのだ。おじいちゃんとなったエアロスミスは、これがまた小生のような40男にとって「カッコイイ」とか「シブい」とか「ああいう歳のとり方したい」といった気持ちにさせるわけで、彼らはやはりいつの時代もエアロスミスなんだなと。

 なんだかとりとめのない話になってしまったが、身もふたもない言い方をするなれば、もう40歳のおじさんでお世辞にも若いとは言えない歳になったのだと。守るものもあるけれど、守ることだけを生き甲斐に生きていけるほど立派な日本男児でもない私は、ただただ社会のストレスという濁流に耐えながら生きていくのかと。今はまだ上の娘は6歳だし素直でとてもかわいいが、これが物心がつき父親に対して平気で「ウザイ」とか「クサイ」とか「キモイ」とか言うようになって、顔も合わせてくれないようになってしまったらと、想像するだけで肺の中の空気が全部抜けそうになる。だからこそ、40歳という今を幸せに生きるために、社会に縛られずにもっと自由に生きたい、やりたいことを精一杯やりたいと思う気持ちを殺さずにいることが、自分の人生にとって大事なことなのかもしれないと思ったのだ。余談だがつい最近、実験的に娘にこんなことを言ってみた。

私「パパは将来きっと、ハゲて、太って、汗臭くなって、口も足も枕も臭くなって、気持ち悪い人になるんだよ~」

娘「・・やーだ」

あの間と目は本気だった。父親だからわかるのだ。妻に関していえば、姉さん女房というのもあるかもしれないが、私にはもったいないくらいよくできた妻で、子供たちの前では父親の威厳を保つように振舞ってくれている。妻曰く、家庭内の秩序を保つには「それが大事」なんだと。妻の努力が実れば、娘の「ウザイ」「クサイ」「キモイ」の毒針で致命傷を負わずに済むかもしれない。頑張れ、妻。

 2歳の息子についてはまたいつか話題に挙げたいと思う。これがまた有望な息子なのだ。なんと、2歳にして女心を鷲掴みする能力を持っているのだ。先日、50近いいとこに「2歳児にドキドキさせられた」と言わせていた。いいぞ、息子。

 こんな家族でそれなりには幸せにやっている。が、今の生活に対して当然不満もあるわけで。

長くなったので、次回につづく。

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